はじめにお読みください
心の病とその要因
心の病を伴う環境
心の病を持った人たちとの対応
心の病とリラクゼーションの関係
アンケート調査1
アンケート調査2
まとめ
伝えたい場所
ブログ
ここは自分の経験から感じることや日頃思っていること
ポエムも含めて書いていく場所です

家族間での事件から思うこと
最近、相変わらず 暗いニュースも多い
その中でも、家族間に関するニュースも、同じくだ

自分が、言える立場でもなく、甘んじている生活を
送っている中には、あるんだけど
思ったことを、書きたいと思います

今の世の中、親から子への愛情が、たらなすぎる
子から親への理解も、同じく、たらなすぎるんだよ

子供は、親の存在自体が、大きな壁であり
時には、逃げ場所なんだ
なのに、文句ばかり言われて、受け入れてももらえない
その気持ちが、悲しみから、憎しみに変わったとき
理性も吹っ飛んで、殺人を犯してしまうんだろうなぁ

でも、親だって、子供のために、一生懸命働いてくれている
それを分かっていながら、動くことができない
子供にも、原因は、あるんだと思う

だけど、そういう時に限って、親って言うのは
自分のプライドを守るためか?世間を気にしてなのか?
説教をしたり、子供に重圧を、かけるんだ
それによって、何かしようと、動こうとしていた心が
折れてしまい、何をやってもダメなんだ など
結局また、動けなくなってしまう
こんな、やりとりは、悪循環を生むだけで

自信を持つって言うのも、けなされて、持つものじゃない
褒められたり、励まされて持つものなんじゃ・・・ないだろうか?
そして、自分を、ほんの少しでも、認めてくれている
信頼してくれている そう思えることこそが、自信 に繋がること

褒めすぎもよくないと思うけど、けなしすぎも、よりよくないこと
甘えすぎも良くないことだけど、甘えすぎないのも、よくないこと
そんな、感じです

でも自分は、親に甘えすぎているし
親からも、以前ほど、自分の今やっていることに対して
とやかく、言われていないので、ありがたいことです

こういう、感謝の気持ちも、大事であり、大切ですよね

こんなことを、書いてしまう
自分も、病気であり、何か歪んでいる心も
あるからなのかも?しれないなぁ〜

頑張れ と ベストを尽くす
頑張れ という言葉は、基本、励ましに使用する、言葉だけど
場合によっては、それが、本人のストレスや
逆効果に、なることもありますよね

俺自身も、この言葉は、好きじゃないんです
理由は、自分としては、頑張っているのに
結果が伴っていないと、周りから、もっと頑張れ など
言われてしまいます
そうなると、逆に凹んでしまう一方に、なっちゃうことも多いから

それで、頑張れ と似た意味で、違う言葉って無いかな? と
思ったときに 「ベストを尽くす」この言葉が、浮かびました

この言葉だって、頑張れと同じ意味合いが、あると思うし
頑張れって、言われるより、気が楽じゃないか? と、感じました
なので、それ以来、他の人へも、頑張れ という言葉より
ベストを尽くしてね という言葉を、利用していることが、多いです

何かできなかった時も
「ベストを尽くしたけど、ダメだったなぁ」と
思うのと「頑張ったけど、ダメだった」

どちらが、自分が、受け止めるのに、辛くならないかな?と
よかったら、みなさんも、考えてみてくださいね

ほかにも、似た言葉が、沢山あるかも?しれないですね

そして、自分が受け止めるのに、気が少しでも楽な方を
選んでいければ、今より、辛さやストレスなどが
緩和されるんじゃないかな?と、思っています

子供たちの心 〜 自分なりのメッセージ
ニュース・新聞にて、子供の自殺が報じられています
そういうニュースや記事を見ると、心が痛みます

一人が起こせば、連鎖的に起こすもの
弱い者だけが、勝てず 強い者だけが勝つ
だから、弱い者は、希望を見失い、果てるだけしかないのか?

自分は、そうじゃないと思う、いつの時代もいじめは、あるもので
これから先も、無くならないだろう

どれだけ、情に熱く 接してくれる人が、いたとしても
限度がある、その子に、つきっきりという 訳にもいかないのが
現状だったりもしています
これは、特に、学校の先生などの話です

夜廻り先生など、自主的に、活動されている方々は
たくさんの子を抱えながらも、1人、1人に対応をしてくれる
だからこそ、きっちり社会に、貢献もできているんだと、思う

誰だって、困った時は 自分以外の人に、頼るのは、普通なこと
それが、少しの期間でも、長い期間での付き合いでもね

うまのあう人や、本当に自分が心を許せる相手であれば
自然と、色々なことを、話してしまうもの だとも、思っています

だけど、生きるか死ぬか、最終的に、きめるのは、本人だけ
周りが、止めようとも、実行をしてしまえば そこで、終わってしまう

本人は、それで気が楽になるから 実行するのだろうけど
残された者にとっては、辛くて悲しいものなんだよ

普段、悩んでいる本人と、向き合うことができず
コミュニケーションを、十分、とれていなかったとしても
現実を目の当りにしたら、悲しい と思うのが、普通なんだよ

考えてみて、誰かの葬式で、笑っている人は、いないでしょう
悲しみに、包まれるのが、普通なこと なんだよ
泣き崩れるか、こらえるかの違いなだけで、あってね

親や参列してくれた、同級生 先生 親戚など
必ず、誰かが、悲しい気分に、なるものなんだよ

たとえ、いじめていた主犯の子であっても
そのときは、何も思わないかも?しれない
だけどいつか、後悔をするときがくるんだよ
誰かと喧嘩をしたあとの気持ちと 思ってくれて、いいかもしれないなぁ

だから、死ぬなんて思っても 実行をしちゃいけないんだよ

自分も過去に、いくらでも、死にたいと思ったこともあります
だけど、その辛いときを耐えて、我慢して抜けれでたとき

辛い中でも、支えてくれた人がいて 気遣ってくれる人もいた
だから、乗り越えてこれたんだ とも思った

でも今の、子供たちには、逆に、そういった人たちが
少なすぎるから、いけないのかもしれないなぁ

それなら、ひたすら1人で、立ち向かうしかないし
戦わないとけないかも?しれない
でも、戦いに負けたら、それまでなんだよ

将来の夢や、やりたいと思い描いている事も、全ておじゃんさ
ましてや、学生のときは一番、楽しい時のはず なんだけどね

どんなときも、全てにおいて 結果は、自分自身 次第

だからといって、自分も、それ以外の人を
悲しむことだけは、しちゃいけない

耐えることや我慢をすることも、勉強であり
それが、大人になったときに、役立つ時が必ずくる ものだしさ

だから、今を耐えぬいて もっと生きて欲しい
どうしても、我慢できなかったら、やっぱり相談をすることだよ

自分は、リスカなど、自傷行為 含めて
生きるために、するのであれば いいんだと思う
自ら命を絶ってしまうよりは、そういう物を
利用してでも、生きたい という気持ちが、大事だと思っているから

というのも、心の癒しサイト でも、自傷行為に関する相談も多いと思う
自分自身、大学時代に心の病について、勉強をした時に
ロブ@大月(さん)という方が、書かれた著書
リストカットシンドロームも、読んだけど衝撃的なものだった

でも、これのおかげで、俺がそれまでに持っていた
リスカ=自殺を誘発するもの という、概念は、崩れ去ったので
こういう悩みを持っている人でも、抵抗なく
返事をしてあげれることは、今の自分にとって、大きなことでもある

少し話がずれてしまったけど
今なんて、ネットにチャットなど 心強い味方も沢山あるしさ
こういったものを、フルに活用して欲しい

自分ひとりじゃないことが、解れば 案外ホッとできるし
解決の糸口にも、なるもんだからね〜

あと泣きまくることも、辛さなどからしのぐ術かもしれないなぁ

やっぱ、親より先に死んでしまうこと ほど、親不孝に、なるんだよ
だから、それだけは、しないでほしいです

自分、将来 子供ができて、同じように、辛いことなどが、重なって
自分より先に、亡くなったら、悲しいし 性格からして
自分自身を責めると思います

戦い
このタイトルを見て どんなことを想像するでしょうか?
いい意味・悪い意味 どちらにも、当てはまる、言葉でもあります

だけど 戦い は、日常から起きていることでもあり
人にとって、一生無くならないことと言っても
いいぐらいだと、思っています

基本、相手が居て のことだけど
自分自身との、戦い もある だけど、最後に残るのは、勝敗だけ

勝っていいこともあれば、悪いこともある
逆に、負けて悪いこともあれば、いいこともある

だけど、勝ちにこだわり、負けた者は、惨めなだけと
言う結果も多いけど、ほんとうに、そうなのかな?
勝ったからと言って、素直に喜べることと
喜べない時もあるんじゃないかな?

負けたからといって、惨めなだけ という思いだけじゃなく
負けたからこそ、次への活力 という気持ちも、大事だよね

それに、お互い納得するまで戦いを挑む
これが、本当の戦い であり

ただ単に、勝った 負けた というだけだと
その場、瞬間は、いいかもしれないけど
長い目で見れば、それを、引きずったり
あのとき、もっとこうすればよかったなぁ など
後悔だけが、冷静になれたときに
襲ってくるものだとも、自分は思うんだけどなぁ

もちろん、結果も大事 だと思う
だけど、その前に一番大事なのは、それまでに行き着く過程であり
それを踏まえての結果をだしていいくこと だと、俺は思うなぁ〜

そこまでしてようやく
自分自身、両者の納得のいく結果 も得られるんだと思う

人・・・そして自分自身という者
人は、顔立ち 性格 体格 人種といった様々な違いが多い
育った国々によって、言語も違う

しかし、自分自身という人間は1人しかいない
親のお腹に宿り 産まれてきた瞬間 自分が誕生する
そして家族とともに 長い旅を歩む 人生は長い旅
その長い旅には 谷あり山あり色々なことが待ち受けている

しかし、家族や友人たちとの交流や助けによって
自分が成長もし 生きていく為のすべも身につける
生きる術は 自分を守るためでもあり 誰かを助け合ったり
様々な役割もしてくれるもの

そして、意見を言ったり 喧嘩をしたり
絶交したり 裏切られたり色々なことが交錯するたびに
落ち込んだり 励ましあったり
けど、いきがってはみても
結果的には 誰かの助けを求め 救って生きられる者 だと思う
生まれてから死ぬまで 誰の世話にもならなかった
なんて人は、いないのだから

最初にいったように 宿って産まれてきた時点で
長い人生という旅の出発点が、はじまる
それが、健康でも障害があっても、関係のないこと
自分自身は、自分自身しかないんだから
生きる 生きたい という願いや力を
無くさない限り 人生の長い旅に、終着点はない

たまには、過去を振り返り あのときの自分と 今の自分を
見つめなおしたりするのも、いいことだと思う

過去の苦い経験などを、今を活かせる知恵や手段へと変えれれば
もっと素晴らしい 人生という長き旅を、続けていけるに違いない

優しさという名の想い
男女問わず、優しい人 というのは、憧れる存在でもあり
恋人関係などでも、よく言われる タイプかと自分は、思っています

自分自身も、そう思われている事も多いようで、嬉しい限りです
だけど、優しさ だけでは、人としても 恋愛分野にしても
成長できないんだよなぁ〜と、過去や今も含めて 想うこともあるんだ

普段、優しい人も、状況に応じて 怒る事もあるし、冷たくする事もある
そして、俺の経験上だけど、ストレスも溜まりやすいんだなぁとも思った

だけど、自分は、ほっとけない性格もあり、色々と
相手の相談も聞いたり、愚痴をいいあったりもしている
だけど、最近よく思うのが 自分を立てようと
自分をアピールしようと、必死に 優しさを 周りの人にふりまき

そこから、人間関係を、築こうとしている、自分も居て
結局は、そういった人たちとしか、うまくいっていない
ような気が、するなぁ と冷静に考えると、思ってしまうこともある

これが、いいことなのか、悪いことなのかは、解らないけど
これからも、今の自分を 貫いていくんだろうなぁ^^;

だけど、こういった部分を、見抜いて、注意をしてくれる人もいる
まぁ、ただ、自分のしてることが
あからさま過ぎてのことかもしれないけどね^^;

どちらにしても、自分が想う 本当の優しさ というのは
相手の、気持ちが一番重要であり、相手が優先される んだとも思う

自分が、いいことをした と思っても
それが、相手にとって、迷惑な事であれば、感謝もされないし
お互いが、いい気分じゃぁ ないよね

相手が嬉しい事や、助かっていると想ってくれているからこそ
「ありがとう」という言葉が 自然と言えるんだと 俺は思うなぁ

だけど、一般社会においては

結果的に言うと 優しいだけ じゃぁダメなんだとも思う

きちんと、状況に応じ 臨機応変に 対応していかなければね〜
その場において、本当に相手にとって
自分のしようと していることは、あっているのか?

ただ、その場しのぎで 動いてしまっているのか?など
よく考え、これからは、判断力も含めて 動いていかないと
大事な友人も、大切な人も 何もかも 無くしてしまうんだろうなぁ

優しさという名の想い2
時には、仲間同士でも 意見の食い違いなどで、喧嘩をすることもある
でも、自分がピンチになった時は
その仲間たちが、助けてくれたりすることも多く
最後には、共に分かち合い、友情も深めていくこともある

ほかにも、ライバルが、ひょんなことから、一時的に
仲間となり、共に戦い、ことが終われば、また、ライバルへと戻る
それから先は、お互いの立場を守るべく、戦いへと戻る

こういったことから、ライバルだと思っている人の
協力を経て、その場をしのげれた というのも
言ってみれば、優しさ もあるんだと思う

よき、理解力がなければ、相手も応じてくれない訳だし
助けてやろう という、気持ちが無ければね〜

自分ばかりのことを、考えている人では無理なことだし
自分は、そんな人から、助けてもらおうとも、思わない

人に思いやる気持ちは 優しさ
それでもって、大事なことなんだ というのが、結論なんだけどさ

だから 常に、優しさは、あるものなんだけど
それを、どう相手が思うかなどで、いい印象、悪い印象へとも
変わってしまう、こともあり ある意味、恐いもの でもあるんだろうなぁ

家庭用ゲームと勉強意識
今回は、家庭用ゲームと勉強の影響 について考えてみたいと思う

自分も、幼稚園の年長からファミコンで遊びだし
現在でもPS2など 遊んでいる
いわゆる、ゲーマー,オタク といった言葉が合うのかも?しれない

ゲームで遊ぶ=必ずこんなことを、言われます
・ゲームをすると、目が悪くなる これは、正しい答え
・ゲームをすると、馬鹿になる これは、間違った答え
決して、ゲームをするから馬鹿になる なんてことは、ありえない
それは、遊ぶ人の意識の、問題となるから

例えば、ずーっと一晩中遊びほけて、テストに臨む=結果が悪い
ゲームをしつつも、勉強もしていた=結果が悪い
この2つの違いが、わかりますか?

ずーっと遊びほけていて、テストに臨んでも、勉強をしていないのだから
問題を見ても、解らないままでは、0点を取ったとしても自業自得

しかし、塾などにも通っていて、家に帰ってくる
その間少しリラックスで、ゲームをするとします

そして、テストに臨む・・・
しかし、結果が悪かった=ゲームで遊んでいるせいとは、限らない
テスト問題に、自分が教わってきたことが、少ししか、でないで
解らない、まだ理解できていない部分が、多いところが問題にでてしまい
結果、悪い点に、なってしまった
というケースだって、いくらでもあるんですよ

自分が子供だった時に、同じ思いを、したことはないですか?
ゲーム関連として、取り上げていますが、無関係で考えてみてください
山勘が外れて、点数が悪かった なんてことも
誰もが経験していること だと、思うんだけどね


子供の時と違い、大人になっていくと、柔らかい思考が堅くなってしまい
結果でしか、全てを、判断できなくなってしまう
だから、結果を見てのことでしか、叱れない大人たち


結果は大事な事だと、思うけど もっと大事なのは
そこに行き着くまでの、過程じゃないの?

子供は特に、結果だけで判断されても、そのことに理解が出来ないと思い
どういった内容だったから、結果的に、ここが悪いとか
もう少し改善すべき だと言うことを
子供に教えながら、叱ってみるのも良い方法だと、思う

そうすることにより、子供だって、納得もして、次から気をつけよう
という気にもなってくれると、思う
いきなり、叱るだけ なんていうのは 私からすれば、論外もいいとこ
その叱り方が、通用するのは、大人のみ だとも思う


以上のことから、ゲームで遊んでいるから
うちの子は、馬鹿になったとかいう考えは捨てて欲しい
馬鹿になるか,ならないかは、遊んでいる本人次第

私も、遊ぶ前と遊びだしてからでは、成績は、下がったのも事実
だけど、大学まで進み きちんと卒業してます

やっぱり、遊んでいる、本人の意識がだいじなんですよ
遊びほけているなら、勉強をするように、言わなくちゃいけない
それを、言い過ぎたりしないように、気をつけることが大事なんです

子供は、親がみていないところで、勉強をしていたりなど
少しずつでも、成長をしているはず、なんですから
小さなことでも、気づいてあげて 頑張ったことにたいしては
褒めてあげるのが、よいでしょうね

子供は、褒めて育つことが、多いと思います
けなしたり、○○さんがどうだから、あなたも、そうしなさい
みたいな、強制的なことを、させすぎるのは禁物だとも思う


同じ視線で 相手のことを考えながら-心の癒しサイト-
リンクもさせてもらっている、「心の癒しサイト」様にて
色々な人の、相談相手として、活動をさせてもらっています
ここには、小学生〜大人の方まで、年齢,性別関係なく
沢山の人が、書きこみに訪れ、私と同じように沢山の人が、相談相手として
投稿した人たちを、勇気づけたり、時には厳しく
そして、優しさももちより
これまでにも、生きる勇気,希望など を、沢山の人がもらったと思う

簡単な登録で、誰でも自由に、利用できるのも、このサイトの特徴です
だけど、タイトルにありますが、投稿をしている人と、同じ視線で
相手のことを考えながら、返答をしていくのが
大事だと、私は思っています

ただ俺も、思ったことなど ストレートに言ってしまうことも多いので
あとあと、後悔することも、あります
でも、自分のスタイルを、変えるつもりは、ありません
それこそ、金八先生や、夜廻り先生のように
ぶつかってでも、語り合い そして、どうしていったらよいのか?を
考えながら、時には自問自答もして 答を、だしていきたいという
思いが、強いので 貫きたいんです

そして、投稿した人とのやりとりの中で、俺自身、考えさせられることや
勉強になることも、たくさんあります

ここでは、学校や職場などでは、教えてもらえない
教えてくれなくなったことが、解る場所でもあるんだと気づかされます
人と人は、助けあいながら、生きていかなければ いけなんだとも
ほんとに、素晴らしいサイトさまです
まだ、利用したこと無い人は、サイトへ行ってその目で感じて欲しいです

ポエム
気持ち
気持ち・・・これは、感情と同じく、人にとって、大切なものの1つ

だけど、時には 気持ち というのが、無くなったらなぁ
と感じる時もあります
これがあるから、自分や相手,お互いが辛い思い,憎しみ合いなど
マイナス面なことに、直面しないといけないといけないんだ
そう思うからです

でも逆に、あってよかった と思えることもあるので
結局は、人にとって不可欠なもの にも変わりないんだと思う

人の気持ちは、自分と相手 自分のみで、様々な形で、違ってもきますが
俺は、最終的に、自分が、納得できること,思い であれば
よいんじゃないかな?と思うこと、感じることもありますね〜

親の重圧
子供って、親の重圧 を精神的にかなり堪えます
うちの親は、スパルタ教育方針でわなかったので、まだマシなほうでしたが

親が子供に期待することは、当たり前のことだと 思っていますが
本人にしてみれば、親の重圧は、大きいものであり
それが、精神的な負担にもなっていることも、事実です
テストの順位や通信簿を、気にしすぎる親をもっている
子供からのSOSをみると
私が、その親の言動にイラついてしまうことが、多いです^^;

自分も、子供をもてば その気持ちが分かる とお叱りを受けそうですが
逆に、自分が、こういうことでも
辛い思いをしている子供たちを、知っている分

自分の子供に、同じ苦しみ,辛さを 感じて欲しくないので
必要以上な、親の重圧は、かけたくないと思う